先日、IBM の NoSQL DBaaS である Cloudant のデータベース単位でのバックアップ/リストアを行うツールを作って公開しました:

本エントリでは、そもそも何故このようなツールを作ったのか、実現においてどのような制約事項があり、どのように制約を回避したか、その背景を技術者視点で紹介します。


【そもそもそんなツールが必要なのか?】
「必要なのか?」と言われると、結構鋭い視点だと思います。Cloudant はいわゆる「マルチマスターレプリケーション」型の DBaaS であり、データは複数のサーバーインスタンスに分散して格納されます。つまり「どこか1つのサーバーが死んだ場合でもデータがどこかに残っている」ことはこの仕組自体の中で提供されています。これで充分、と考える人や用途であれば不要という判断もアリです。

とはいえ、データベースを手軽に丸ごと引越したり、(精神衛生上の問題から)手元にバックアップを残しておきたいと考えたり、そのバックアップファイルをストレージに保存してストレージ代を稼ぎたいクラウドベンダー/インテグレーター側の事情(苦笑)などからバックアップとリストアを行う需要はあると思っています。


【ツールがないとバックアップ/リストアはできないのか?】
これも難しい質問です。まず Cloudant はいわゆる CRUD 操作に REST API が用意されており、基本的にはこの REST API を使って読み書き更新削除検索・・といった操作を行うことになります。この API のリファレンスはこちらを参照ください:
https://console.ng.bluemix.net/docs/services/Cloudant/api/index.html#api-reference

このリファレンスを読むと分かるのですが、データベースに対して「データや添付ファイルも含めた全ドキュメントデータを取得する API」も「複数のドキュメントデータをまとめて書き込む API」も、どちらも存在しています。以下の記述では前者を「データ取得 API」、後者を「データ書込 API」と呼ぶことにします。

これら2つの API を組み合わせればバックアップとリストアは実現できそうに見えます。が、実はいくつかの問題があり(一部は後述します)、その中でも最も大きなものは「データ取得 API で得られるアウトプットデータと、データ書き込み API でインプットするデータのフォーマットが異なる」という点です。より正確に表現すると「データ取得 API で得られるアウトプットデータを、そのままデータ書込み API のインプットデータとして使った場合、書込み処理自体は成功し、全てのデータがインポートされるが、書き込まれた個々のドキュメントデータの JSON データとしてのフォーマット(データ階層)が元のデータのフォーマットとは異なる」という結果が待っているのでした。つまりバックアップ元とリストア先のデータベースの中身(データの JSON のフォーマット)が同じではなくなってしまうのでした。


シンプルに表現すると、バックアップ元のデータベースに以下のようなデータが入っていたとすると、、
{ "_id": "001", "name1": 123, "name2": "value1", "name3": true },
{ "_id": "002", "name1": 456, "name2": "value2", "name3": false },
{ "_id": "003", "name1": 789, "name2": "value3", "name3": true },
  :

上記 API でバックアップ&リストアした先のデータは以下のようになります:
{ "_id": "001", "doc": { "_id": "001", "name1": 123, "name2": "value1", "name3": true } },
{ "_id": "002", "doc": { "_id": "002", "name1": 456, "name2": "value2", "name3": false } },
{ "_id": "003", "doc": { "_id": "003", "name1": 789, "name2": "value3", "name3": true } },
  :

バックアップ元では、例えば "name1" という属性の値を参照しようとすると、(document).name1 でアクセスできた内容が、リストア先だと (document).doc.name1 という方法でアクセスすることになる、という違いが生じます。


ここは考えようで、「元のデータが残っているかどうか」という観点では残っているといえます。ただ JSON データとして見たときの階層情報が異なっていて、全く同じデータではない(特定の属性の値を取得する場合の取得方法は異なる)のです。これを許容できるかどうかの問題とも言えますが、一般的にバックアップ/リストアという言葉からイメージするのはデータフォーマットの変更が許されるものではないと思っています。その意味では上記 API をそのまま使って実現する方法は選択できなくなります。

また細かいことですが、データ書込み API を実行するには事前にデータベースを新規に作成しておく必要があります。わざわざ「データベース作成+文書リストア」という2度手間をかけるのも不便だし、そういった利便性まで含めて考えると1発で実現できるなんらかのツールがあるべきだし必要、という判断になります。


【ツールでの実現方法】
上記の理由により、リストア先でもデータフォーマットを変えずに復元できるよう、API をそのまま使う方法ではなく、処理の途中にフォーマット変換を行うようなバックアップ/リストア処理を行うツールを作ります。

この時点で考えられる実装アルゴリズムには以下のようなものが挙げられます:
(1) バックアップ時には上記のデータ取得 API をそのまま使い、その結果をバックアップファイルとする。リストア時にはバックアップファイルからデータを1つずつ取り出し、リストアしたい部分だけを取り出して1件ずつ書き込む。
(2) バックアップ時には上記のデータ取得 API をそのまま使い、その結果をバックアップファイルとする。リストア時には、まず上記のデータ書込み API で一括書込みした時にデータフォーマットが乱れないような形にバックアップファイルを加工する。その上でデータ書込み API を実行して一括書き込みする
(3) バックアップ時にはまず上記のデータ取得 API をそのまま使い、その結果をデータ書込み API 用に加工した上で保存し、バックアップファイルとする。リストア時にはデータ書き込み API をそのまま実行して一括書き込みする
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いずれも理論的には実現できそうなのですが、ここで API とは別の制約が問題になります。上記の (1) の方法で(データを1件ずつ)リストアすることは可能なのですが、その際に「Cloudant のスタンダードプランでは 1 秒間に 10 件しか書込みリクエストを処理できない」という制約事項を意識する必要があります。例えばバックアップファイルに 11 件以上のドキュメントが存在していた場合、データを書き込む API は1秒間に 10 回しかコールできません(どこまで厳密にこの制約が管理されているのかはわかりませんが、私自身がリクエスト上限によるエラー "You've exceeded your current limit of 10 requests per second for write class. Please try later." の発生を確認しています)。このエラーを回避しようとすると、プログラム内で実行タイミングを測り、10回書込みを実行したら、次の書込みリクエストは1秒以上待ってから実行する、という本質的ではない管理が必要になります(そしてこれは Node.js のような非同期処理を基本とする実行環境では非常に面倒な問題になります)。また仮にそこまで作り込んだとしても、多くのドキュメントを持つデータベースのリストアには非常に多くの時間がかかり、その多くは待ち時間となる可能性が高くなります。バックアップ取得にかかる時間に対し、リストアにあまりに多くの時間が取られる、という非生産的な制約ができてしまうので、上記の (1) の方法は断念することにしました。また上記の (1) ~ (3) 以外にも1件ずつ取り出して、1件ずつ書き込んで・・・という方法も考えられますが、同じ理由で非現実な方法となってしまうだけでなく、API の実行回数に比例するコスト上昇という問題も抱えてしまいます。

というわけで、(2) か (3) の方法での(一回の API 実行でまとめて書き込むような方法での)実装が候補として考えられるのですが、今回自分は (3) の方法を取ることにしたのでした。つまりバックアップ時にデータ取得 API を使って一括取得したデータをそのまま保存するのではなく、リストア用(データ書込み API 用)に加工してからバックアップファイルとして保存する、という方法です。そしてリストア時にはまずリストア先のデータベースを作成(既存の場合は削除した上で作成)した上で、取得したバックアップファイルをそのままデータ書込み API に渡して一括書込みを行うことにします。
バックアップツールの処理
  • データ取得 API を使って、バックアップ元データベースから全文書を一括取得
  • 取得した結果をデータ書込み API で一括書込みできるようなフォーマットに変換してから保存
リストアツールの処理
  • リストア先に指定されたデータベースが既に存在していたら削除する
  • リストア先データベースを作成
  • データ書込み API でバックアップファイル内の全文書データを一括書込み

なお、この方法であれば Node.js のような非同期処理の実行環境でも(一括で書込みを行うだけなので)あまり意識せずに実装することができます。

また、この (3) の方法であれば (2) の方法に比べてリストア時にはこのツールを使わなくても、バックアップファイルを指定して(curl などで)データ書込み API を直接実行してもリストアできる、という副産物的なアドバンテージもあります。


と、まあ色々を事情や背景を書き並べましたが、要は「自分はバックアップを手元に置きたい派」で、「自分で手軽にバックアップを取りたくて作った」のです。で、色々調べているうちに Cloudant API の制約事項の勉強にもなったし、一応動くものもできたし、いい勉強にもなりました。